【第1回】実店舗の店長の私が「越境EC」という言葉を知ったワケ!その1

2021/1/19 公開

みなさん、はじめまして。私はヨウ子と言います。東京都内の商業施設内にあるお菓子ショップの店長です。
2020年2月からはじまったコロナ禍とその後の自粛にともない、実店舗での販売が危機的状況になりました。
店長の私は、今までと大きく変わった人々の行動や価値観、「ニューノーマル」と言われる人々の新しい生活様式・新しい経済活動に、お店としてどうしたら良いのか、悩み苦しみました。このような中で売上を上げるためには何をしたら良いのかとあれこれ試行錯誤して模索し続けてきました。そしてその経緯のなかではじめて「越境EC」という言葉を知ったのです。
私はこの夏、YozanJapanの越境EC「ソーシャルEC」に出会いました。
このブログでは、「越境EC」を知らなかった実店舗の店長の私が、どのように知っていき、「越境EC」と「ソーシャルEC」を学び、これから導入していこうとしていくかを語っていきます。
1歩を踏み出す勇気を持とうとしている皆様に、少しでもお役に立てれば幸いです。


菓子製造メーカー初の直営店オープン!

2019年、地方にある菓子製造メーカーである当社は、はじめて自社の直営店舗を出すことになりました。それも、日本屈指の高級老舗ホテルの商業施設内です。
2019年のその当時、翌年2020年の夏に東京オリンピックも開催される予定でしたし、東京の高級ホテル内で出店すれば、外国からのお客様も多いのでインバウンド消費もかなり予想され、立地も良く、当社への知名度も信頼感も上がるだろうと、社をあげて大きな期待をかけての出店でした。
当社の日本の国産果物を使った素材菓子は国内のスーパーマーケットやコンビニへの卸販売でも好調で、卸だけで充分に拡大中でしたが、もう少し上位ランクの新ブランドを立ち上げ、もっと素材や製法にこだわった日本産ならではの高級な果物のお菓子を、高級な場所で多くの人に味わっていただきたいという思いで、新ショップを立ち上げたのです。

リアル店舗とネットショップを同時オープン、華々しい門出

当社は中部地方にある中小の菓子製造メーカーで、直営店舗の経営は初めてでした。
私は、当社初の直営店経営の一切を任され、店舗の不動産契約から始まり、開店前のさまざまな準備から資材の購入、店舗の改装デザイン、備品調達に至る何から何まで、たった1人、東京で分秒を争うように動き回り、開店準備をしました。
たった2カ月で新ブランドを立ち上げてお店のオープンに新商品を店頭に並べ、販売することができたのは、もちろん会社の総合力と多くの方の協力のおかげですが、寝食を忘れて没頭して開店に間に合わせた自分に対する達成感と喜びは言葉にならないほどの感動でした。
そして、直営店舗オープンから1か月後には、この新ブランドのネットショップもオープンできました。
東京都内の高級ホテル内の直営店で扱う新ブランドの商品は、自社のネットショップであれば日本全国どこからでも購入できるわけです。ここ以外のほかの場所では一切販売していない稀少性も前面に打ち出し、新ブランドはラグジュアリーブランドとして華々しく売り出しました。

いきなり店舗販売の危機! 直営店にお客さまが来ない日々

オープンから3か月、4ケ月と経ち、少しずつ売上が上がっていきました。12月になるとお歳暮やプレゼント需要もあり、果物をつかった高級ギフトも売れるようになりました。
試食も積極的におこない、お客様に食べていただくと、「美味しい!」とおっしゃって買ってくださいました。こうやって少しずつお客様が増えていくのだなあと、日々の接客やレジ業務にも慣れ、店長としてやりがいを感じ、楽しくなっていました。
2020年の幕開け。
夏の東京オリンピックのときにはどれだけ盛り上がるだろう?などと希望に溢れて、商売繁盛の神様に初詣をしました。
が、それからわずか1カ月ほど経って、まさかの事態の始まりがやってきたのです。
2020年2月初め、新しい感染症が集団発生したとかで、連日、横浜港に停泊中の豪華クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の話題がニュースで取り上げられるようになりました。
2月下旬に予定されていたホテル内のイベントは次々中止になり、土日だけ臨時休業する、といったことが始まりました。
この2月中旬を境目に、商業施設内に来場されるお客様がピタッと来られなくなり、フロア内は閑散としてしまいました。
ただ、私はこの時点では「1カ月くらいでなんとかなるだろう」と漠然と思っていて、なにも行動しなかったのです。
春になって暖かくなれば元に戻っているはずだ、どうせいつも2月なんて「ニッパチ」と言って消費が下がる時期で、しかも今は寒い時期だし、3月の春休み以降にはなんとかなるだろうと高をくくっていたのでした。
まさかこの1カ月後に、日本経済最大の地獄のような日々が来るとは想像だにしませんでした。

【第2回に続く】